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芸科生の活動

13. 『りんご飴』
14年度生 音楽学系列 村幸穂

(1) 表現したかったこと

 私は、音響で、「りんご飴」を表現した。なぜりんご飴にしたのかは、夏といえば、一番に思い付くのがお祭りだったのだが、その中から一要素を取り出してそれについて音響で表現したいと思ったからだ。しかし、ただりんご飴を音響にするのではおもしろくないなと思った。お祭りに行って、りんご飴を食べたり花火を見たりする私たちは楽しいけれど、その裏にあるものに注目した。りんご飴の中のりんごは、飴に閉じ込められて出られずに、自身が努力して出した「紅色」も飴の「赤色」で消されてしまう上に、最後は食べられてしまう、という悲しいものがあると思い、そこに目をつけた。ここで、中間発表の際に、「りんごは食べられることが本望であるとするのなら、りんごは必ずしも不幸ではないと思う。」という批評をいただいた。確かに食べられてしまうだけなら不幸ではないのかもしれない。しかし、りんごの紅色を見てもらえず、甘さも、飴の甘さに覆われてしまったうえで食べられる、という状況は、りんごとして味わってもらえていないと感じるため、不幸だと考える。

(2) それをどのように音響に置き換えようとしたか

 ここから、作品について、順を追って説明したいと思う。まず、場面はリンゴの収穫から始まる。りんごが木からもぎとられ、トラックで発送されていくが、このときに、椎名林檎さんの「りんごのうた」という曲で、運ばれているのがりんごであることを暗示した。そこから、祭囃子が聞こえてきて、場面はお祭りの会場になる。しばらくすると、数回に分けて飴をかけられる音がするのだが、ここではパンを使って徐々に飴がかけられていく様子を表現した。そして最後の飴の音にはだんだんリバーブをかけると同時に祭囃子の音にもリバーブをかけることで、飴におぼれていき完全に閉じ込められる様子を表した。閉じ込められたシーンでは、ぼんやりと聞こえる祭囃子の音を徐々にピッチを下げていくことで、閉じ込められたりんごが不安になっていく気持ちを表した。次に、りんごがここから出してほしいと、四方八方の飴の壁をたたく様子を様々な音で表した。一番重い、たたく音がおわると、ついにりんご飴が食べられるシーンへと移る。ここでは、りんごをかむ音と、ガラスの割れる音を生み合わせて、少し大げさに表した。そしてすぐに、咀嚼音へと移るが、これも大げさな音にした。飴をなめる音と、りんごをかむ音と、噛むときになるクチャクチャする音、の3種類を混ぜることで、りんごが口の中で聞いているような音を想像して表現した。そして最後は、かみ砕かれる音で終わる。

(3) 完成音響を聞いての自己評価

 この作品を仕上げてみて、まず悔しかったのが、飴をかけられる音をうまく表現できなかったことだ。飴の持つねっとりとした「粘性」を表現することができなかった。そのため、飴が徐々にまとわりついて閉じ込められてしまう、という気持ち悪さが足りなくなってしまった。中間発表でも指摘された、ストーリーの展開が早くてついていけないという点については、後半は改善されたと思うが、前半はまだ早かったのではないかと感じる。それと、りんごが飴の壁をたたいて、食べられるシーンに移り変わるときに、その二つの場面をうまくつなぐことができなかった。その間に、子供の声でセリフを入れようとも考えたのだが、やはり言葉で表現してしまってはつまらないと思い、あえて言葉を使わずにつなごうと考えた。しかし良い発想が浮かばずに終わってしまったので残念だった。それと、この授業を受けてみて思ったのは、音響は、自分自身の内面が反映されるものだということだ。作品のテーマを、どの視点から見て表現するかによって音響は変わってくると思うが、そこに個人個人の性格が表れていると考える。

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