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芸科生の活動

11.『あれからとこれからのメモ』
15年度生 芸術メディア系列 中村 美幸

(1) 何を表現しようとしたのか

 作品を作るにあたって、今まで自分が聞いてきたあらゆる「音」の中で印象的なものは何かを考えた際に浮かんだのが、緊急地震速報のあのなんとも言えない恐ろしさだった。そこからヒントを得て、2011年の東日本大震災から現在まで、そして未来の時間の経過を音響で表すという構想を考えた。具体的には、事態が収束したとは決して言えないのに、時間の経過とそれに伴う様々な出来事に掻き消され、忘れ去られていく様子に加え、福島県で実際に被災した当事者としての自分と横浜で熊本地震のニュースを見た第三者としての自分との対比も表した。時は何もかもを忘れさせようとするが、たまに思い出す程度でもいいからこのようなことがあったという事実と、この先も起こるかもしれないこと、今後背負っていかなければならない宿命があるということが伝われば本望である。

(2) それをどのように音響で表そうとしたか

 一貫した大きなテーマとして「時間の流れ」があったため、それを電話時報の音で表し、分の境目の音を1年の区切りとした。2011年は地震と津波、原発事故を取り上げ、崩壊音、津波報道の映像の音声、爆発音と事故に関連したキーワード(直ちに健康に被害は出ない、メルトダウン等)のある音声で表した。原発については中間発表時の意見も踏まえ、爆発後から最後まで、放射能が漏れるシュルシュルという音、汚染水が滴り、それが溜まる音を繰り返すことでタンクが嵩んでいく様を表した。また作品のテーマのきっかけでもある各種警報音も一部加工を加えたりしながら流した。2012年以降は基本的に社会で起きた主な出来事を報道の音声を中心にして表し、それと同時に音を重ねる形で自分自身の記憶で特に強く残っていることを表現した。前者については反原発デモ、東京五輪開催決定、アナ雪の流行、安保法可決、熊本地震等で、後者については高校生の時まるで健康診断を受けるかのように受けた甲状腺検査、やたらと「震災を経験した福島県民であることを忘れるな」と言われた卒業式、一人暮らしで実家が福島だというと大変だねと言われた入学当時等である。自分個人の記憶は、作った自分だけが何と言っているか分かればそれでいいと思いなるべく篭った音にした。また、今年の熊本地震の音響化では、「遠くで起きたこと」としてニュースだけの情報の中、自分は普段通り楽しい生活を送っていたことから報道音声は機械的にしその裏で笑い声を流した。最後は未来で、この先も大きな地震や津波が起こりうること、原発の問題が常につきまとって来ることを、その音だけを残すことで端的に表現した。

(3) 完成音響の客観的自己評価

 限られた制作時間の中で精一杯のことはできたと思う。その意味ではこれはもっと音を重ねようと思えば重ねられるし、もっといろんな思いや出来事を載せようと思えば載せられる作品である。しかし震災と原発事故を手っ取り早く「思い出してもらう」うえで長さは4分弱程度が限界であると思うし、意味を含め過ぎても逆に伝わらなくなってしまうため丁度いいと思った。一方で言葉情報に頼りすぎてしまったのではないかという思いが最後まで消えなかった。「黙祷」の扱いだけは最後まで迷った。恐らく今後形式的になっていくであろうことも踏まえ、同じ音を年々徐々に周りの音にかき消される形で表現することにしたが、もっと良い表現方法があったかもしれない。

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